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韓国カジノ、 その光と影(1)

2015-01-14

【カジノジャパン】

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60年代、朴正煕政権の外貨獲得策として門を開いた韓国カジノ。以後、日本人に最も身近なカジノとして韓国観光を牽引してきた。
やがて政治と産業の構造が大きく変わった90年代から、韓国カジノはいくつもの転機を迎える。
そして2013年、いよいよ海外資本の参入が本格的に始動した。
韓国カジノ業界のこれまでの歩み、そして将来に向けた新たなビジョンを探る。


外国企業の進出が本格スタート

 首都ソウル中心部の西約60㎞に位置する仁川(インチョン)国際空港。2001年に開業したこの空港は、朝鮮半島西海岸の洋上に浮かぶ韓国の空の玄関口だ。永宗島(ヨンジュンド)、竜遊島(ヨンユド)という、2つの小さな島の間にあった干潟を埋め立てて建設された。
 現在この永宗島を舞台に、2つの外国企業が統合型リゾートの建設計画を進めている。1社は日本の有名なパチンコ・パチスロ機メーカー、ユニバーサルエンターテインメント。そしてもう1社がLOCZコリアインベストメント。これは東南アジアの中国系資本・力宝グループと米シーザーズ・エンターテインメントが、韓国でのカジノ事業のために共同で設立した法人だ。
 韓国の報道によれば、ユニバーサルエンターテインメントは13年2月、またLOCZは同年1月、カジノ産業を所管する文化体育観光部(省庁の1つ)に、開業に必要な事前審査を請求。ユニバーサルエンターテインメントは3兆5000億ウォン(約3000億円)を投じて、ホテル3棟を含む複合施設を建設する予定だという。LOCZも、2兆2250億ウォン(約1900億円)を投資する計画だ。


東南アジアを見据えた改革

 早くから日本人にとって最も身近なカジノを提供してきた韓国。90年代末から韓国のカジノ業界は新たな拡大を目指し、制度改正の立法措置などを重ねている。各地の大規模な再開発事業にともない、自治体や省庁を主体とした外貨獲得のためのカジノ誘致も盛んに繰り広げられてきた。そうした動きの背景にあるのは、躍進著しい東南アジアとの競争だ。
 いっぽうで韓国のカジノは、多くの問題も露呈している。既存のカジノは多くが赤字を抱え、「カジノ中毒」問題も深刻さを増す一方だ。
 ただしこれらはカジノそのものとは別に、韓国の政治や社会が抱える構造的な問題が大きく関わっている。また慎重に慎重を期す日本人の目には拙速と思える政治や経営の手法も、スピード重視で結果オーライの社会風土を反映した結果だ。
 日本にとってはカジノビジネスの先行事例となる、韓国でのさまざまな試み。その実像を、光と影の両面から辿ってみよう。


外貨獲得とリゾート開発

casinojapan0108_8 韓国で初めてカジノが開業したのは1967年。仁川オリンポスホテルがその第1号だ。翌年には日本人観光客におなじみのソウル・ウォーカーヒルホテル(現シェラトン・グランデ・ウォーカーヒル・ソウル)に、国内2つめのカジノが開設された。
 当時の大統領は朴正煕(パクチョンヒ)。軍事独裁への批判もある一方で、最貧国だった韓国に経済成長をもたらしたことでも評価される人物だ。
 朴大統領は外貨獲得を目指して、日本との国交正常化、ベトナム戦争への韓国軍派兵などを決定。カジノ開設も、日本及びアメリカの外貨を呼び込むための観光整備だ。ウォーカーヒルも同様の目的で62年に開業されたが、経営のまずさから赤字に転落。カジノはそのテコ入れとして開設された。
 しかしギャンブルの射幸性を問題視する世論も、当時すでに高まっていた。ウォーカーヒルではそうした世論に配慮し、当初から外国人専用カジノとして開業した。
 いっぽう先行するオリンポスホテルは会長が闇カジノ運営で摘発されるなど、不祥事が続出。風紀の統制に厳しかった朴政権は、69年に国内在住の韓国人のカジノ立ち入りを禁止した。以後、韓国カジノ=外国人専用という状況が長く定着する。
 70〜90年代にかけて、ソウル以外の地方約10カ所のホテルにカジノが登場。とりわけリゾート開発が活発化した済州島(チェジュド)は、90年の規制緩和も後押しとなって多くのカジノが集中する形となった。


自国民へのカジノ開放

 そうして迎えた00年、韓国人も自由にプレイできるカジノが復活する。韓国東北部の山岳地帯に作られたリゾートレジャー施設、江原(カンウォン)ランドがそれだ。
 江原ランドが位置する江原道・旌善郡(チョンソン)は、70年代まで活況を呈した炭坑の町。やがて廃坑が相次いで地域経済が極度に衰退し、その活性化策としてカジノの導入が決まった。これはアメリカでの同様の事例をモデルケースとした構想だ。
 98年に設立された運営企業の㈱江原ランドは、知識経済部(省庁の1つ)傘下の「外部監査法人」。当時の韓国は96年のアジア通貨危機をきっかけに深刻な財政危機となり、IMF管理下でドラスティックな産業構造の転換が図られていた。後にサムスン電子、現代自動車といった企業が海外で躍進するのは、当時の改革の賜物だ。自国民へのカジノ開放は、そうした改革の一環と見ることもできる。
 第一弾の開業は00年10月。03年4月には規模を拡張し、マルチリゾート施設としてリニューアルしている。カジノはテーブル100台、スロットマシン960台という国内最大規模だ。05年にゴルフ場、06年にはスキー場も併設された。


莫大な経済効果をもたらした江原ランド

cij_140109_4 険しい山間部に位置する旌善郡は鉄道の便が悪い上に、高速道路網の整備状況もよくない。冬場はしばしば雪に閉ざされ、陸の孤島となる。
 だが江原ランドはギャンブルファンを中心に、熱狂的ともいえる反応で迎えられた。開業初日は、入り切れない客と従業員が押し問答を繰り広げるほどの大盛況となっている。
 開業1年で付帯施設と合わせ約2000億ウォン(171億円)の利益を挙げるとともに、地元の税収、雇用、商業に大きく貢献した。そのほかカジノ業界が納める法人税の額も、99年の203億ウォン(約17億円)から、09年には1626億ウォン(約139億円)に急上昇している。
 また産業資源部(省庁の1つ)は01年5月、「江原ランドが年間1700億ウォン(約146億円)相当の外貨流出を防いでいる」との試算を示した。利用客の大部分が海外カジノのリピーターであり、彼らが海外で使うはずだった金が江原ランドに流れているというわけだ。
 一方、旅行業界は、関連商品を次々に発売。またディーラー養成講座を開設した江原観光大学が人気を集めるなど、多方面に波及効果が及ぶ。メディアはしばしば大当たりの最高金額を興奮気味に報道し、各地方自治体の間でもカジノ誘致への注目が高
まっていった。同時にカジノ関連の電子機器メーカーが、成長株としてメディアに注目されたりもしている。江原ランドのオ・ギョンヒョン社長(当時)は02年、「江原ランドの付帯施設と近隣観光スポットの整備が進めば、国内の代表的な高原型リゾートになるだろう」と語った。

(カジノジャパン27号から転載)


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